『ウドルフォの秘蹟』
ラドクリフの『ユドルフォの謎』は全五十六章にわたって物語が展開される。サン・オーベールは妻を埋葬し、悲嘆に暮れる娘エミリーの心を慰めようとして、自制心の徳について説く。理性を超えて溺れるならば、たとえ徳ある悲しみでさえも悪しきものとなる、と彼は戒める。やがて厳格なムッシュ・バローが訪ねてくるが、その無言の配慮は、妹マダム・シェロンがトゥールーズ近郊の屋敷へ招いてくれる口先ばかりの哀悼の言葉よりも、はるかに心に通じるものがあった。妻の思い出があらゆる光景を神聖なものとしている自宅に留まりたいと望むサン・オーベールだったが、やむなく義兄ムッシュ・ケネルが新しい所有者となって先祖伝来の面影を失った一族の屋敷を訪れることになる。そこでは盛大な晚餐の席で、イタリアからの客であるシニョール・モントーニとシニョール・カヴィーニがエミリーに紹介される。数週間が過ぎるうちにサン・オーベールの健康は目に見えて衰え、医師は地中海沿岸の旅を処方し、家計を切り詰めるため古くからの家政婦以外の使用人はすべて解雇される。この倹約の決定にエミリーは驚きを隠せない。出発の前夜、エミリーは父が一人で、母ではない別の婦人の小さな肖像画に涙しているのを目撃し、それが何かに祈りを捧げているかのようにひざまずく姿を目にする。父が抱えていたこの知られざる悲しみに、エミリーは心を乱される。自然研究家ムッシュ・バローを後にして、サン・オーベールとエミリーはピレネー山脈を抜ける曲がりくねった道へと旅立つ。息を呑むような浪漫的な風景が眼下に広がるが、人けの少ない道は過酷で満足な宿も乏しく、旅人たちは食料を携え、人里離れた山小屋の親切に頼らざるを得なかった。旅の途中、サン・オーベールの物憂げな面持ちは、風景が亡き妻の優しい記憶を呼び起こすたびに浮かび上がるが、雄大な山々が目の前に展開するにつれ、エミリーは徐々に喜びに身を委ねていく——松の森が広大な平原へと広がり、その先には木々や街並みや蛇行するガロンヌ川が豊かに織り成す景観が繰り広げられる。旅人たちは猟師の装いをした若いさすらい人ヴァランクールに出会う。貧しい山村のあばら屋々で快適な宿を見つけられずにいる一行に対し、ヴァランコールは進んで自分の寝床を病身のサン・オーベールに差し出す。後になって客間に見つかったホメロスやホラティウスやペトラルカの文学作品の数々は、美にも自然の崇高さにもまた同様に感受する魂の持ち主であることをうかがわせる。道の分かれ目でヴァランクールと別れた後、サン・オーベールとエミリーはボージューへとピレネーを抜け進むが、暗闇の山道で盗賊の一団に出くわす。予期せぬ再登場を果たしたヴァランクールは、彼らを救おうとして腕を撃たれ、その負傷を見たエミリーは悲嘆のあまり気を失う。傷の手当てを済ませた一行はボージューへと向かい、当地的の外科医にヴァランクールの治療を受ける。ヴァランクールの負傷で旅は数日間遅れるが、その間サン・オーベールは哲学的関心をもって彼の人物を観察し、その寛大な精神と明晰な知性と浪漫的感受性を認めつつも、この青年は「一度もパリに行ったことがない」と指摘する。ヴァランクールの回復が進み再び旅ができるようになると、彼らは共に崇高なアルプスの風景を抜け、氷河と万年雪に覆われた高地へと登り、やがて徐々にルシヨンへと下って行く。そこでは旅をしてきた壮麗さの中に美しさが織り交ぜられている。第四章ではサン・オーベール、エミリー、ヴァランクールが日没後のピレネーを旅する場面が描かれる。男たちと馬やラバの一行が山を下っていくのが見え、後には密輸業者と判明する。旅人たちは子供たちが遊ぶアルプスの橋を渡り、やがて遠くから聞こえる晩祷の鐘の音が修道院へと彼らを導く。月光に照らされた森を登っていく中で、彼らは一つの頂上で足を止め、ヴァランクールとサン・オーベールが記憶と物憂い思いについて語り合う。一行は修道院にたどり着き、宿泊を許され、質素な夕餐を共にし、やがて夜のとばりが降りる。
第2章
サントベールは妻を埋葬し、悲嘆にくれている娘エミリーを慰めようとして、彼女に自制の美徳について説き、節度を超えてふけりさえすれば、徳ある悲しみすらも悪しきものとなると戒める。厳格なバレオー氏が訪ねて来る。沈黙のうちの彼の心遣いは、姉のシェロン夫人が差し出す空疎な弔辞よりもはるかに深く心に届く。シェロン夫人は彼にトゥールーズ近郊の自分の領地へ来るよう勧める。妻の思い出がそこかしこを聖なるものにしているわが家に留まりたいとの望みにもかかわらず、サントベールは、義兄ケネル氏のもとを訪れざるをえないと自らに言い聞かせる。ケネル氏の領地は新所有者によって先祖伝来の面影をすっかり奪われてしまっていた。サントベールは、当地で催された豪華な晩餐の席上、イタリアからの客であるモントーニ氏とカヴィニ氏をエミリーに紹介する。数週間が過ぎ、サントベールの健康は目に見えて衰え、医師は地中海の海岸沿いを旅するよう勧める。彼は倹約のため、古参の女中頭だけをのぞいて他の使用人を全員解雇し、この倹約的な処置にエミリーは意外の念を隠せない。出発を明日に控えた夕べ、エミリーは、父が自分の母ではない婦人の小さな肖像画を前にして、一人で涙にくれているのを見つける。そして彼が、あたかも黙祷を捧げるかのようにひざまずく姿を目にし、彼が秘めていだとはつゆ知らなかったこの秘めたる悲しみが、彼女の胸にわだかまる。
シェイクスピアの開幕エピグラフ
この章は、シェイクスピアを引用した題辞で始まる。「語ろうか、その最も軽い一言でさえ/お前の魂を震撼させるような物語を」。この不吉な引用は、この章全体を通じて展開される告白と感情の激動を予示し、エミリー・セント・オベールとその父を待ち受ける謎と苦難をほのめかしている。
サン・オベール夫人の葬儀
セント・オベール夫人は、近隣の村の教会に埋葬される。夫のセント・オベールと娘エミリーが葬儀に参列し、善良な女性を失った悲しみにくれる地元の人々が、心からの哀悼を捧げながらそれに続く。埋葬の席から戻った後、セント・オベールは自室に籠もり、やがて穏やかながらも悲しみを湛えた表情で姿を現す。彼は家族を祈りへと呼び寄せ、敬虔な信仰のうちに神聖なる慰めを見いだし、自らの魂をこの世の悲嘆を超越した高みへと解き放つのだった。
サン・オベールのエミリーへの助言
セント・オーバートは娘エミリーに対して、自制心の大切さについて優しく助言を与える。たとえその原因が立派なものであったとしても、度を過ぎた悲しみは、自分自身や他者に対する義務を損なうに至ったならば、やがて悪徳へと変わりゆくものだと、彼は教えた。さらに彼は、感情そのものとそれに耽ることとを明確に区別し、悲しみは他のあらゆる感情と同じく、適度な範囲を超えて長引かせれば悪徳となるのだと戒めた。そして、自らの哲学を身をもって示してみせると約束し、エミリーがきっと自分の教えに恥じない人間であることを証明してくれるだろうと、確信を表明した。
M・バローの慰問
ムッシュ・バローは厳格な植物学者で、人類に幻滅して以来世間から身を引き、ひっそりと暮らしていた人物だったが、セント・オベールのもとへ弔問に訪れた。セント・オベールが幾度も招待を繰り返したにもかかわらず、彼がこれまで一度としてそれに応じたことはなく、今回の訪問はまさに前例のない出来事だった。その粗野な外見とは裏腹に、バローは節度ある声、柔和な視線、そして細やかな立ち居振る舞いによって深い哀悼の意を示し、運命の試練によって和らいだ心の持ち主であることをのぞかせた。彼の存在は、言葉による慰めではなく、その行為そのものによって、故人を悼む者に安らぎを与えた。
シュロン夫人の訪問と招待
セント・オベールの存命の姉妹であるシェロン夫人は、ツールーズ近郊に住む未亡人で、弔問に訪れた。口数は多いものの、彼女の言葉にはバローの無言の共感に勝る真の感情の響きが欠けている。亡きセント・オベール夫人を称賛し、セント・オベールの故郷への愛着を知らないまま、彼らに自分の屋敷を訪れるよう強く勧め、環境を変えることが悲嘆を克服する助けとなるだろうと提案する。
ケスネールの城館訪問
セント・オベールとエミリーはエプールヴィルを訪れ、セント・オベールの義兄であるケネル氏の元へ向かう。その領地はかつてセント・オベール家のものであった。セント・オベールは重要な用件によってこの訪問を余儀なくされており、この訪問がエミリーの落胆を紛らわす助けとなることを願っていた。森を通って近づく途中、セント・オベールは子供時代の記憶にある塔のある城館を認める。しかし今やそれは、かつての由緒ある歴史を重んじもしなければ敬いもしない者の手に渡っていた。
変わり果てた一族の領地への失望
城は、セント・オーバートの心を深く痛める形で変わり果ててしまった。ゴシック様式の広間には、もはや一族の古き紋章も旗も掲げられていない。樫材の羽目板は白く塗られ、かつて笑い声と歓待にあふれていた大きなテーブルとベンチは取り去られている。くだらない装飾品が重い壁に今や掛けられ、新しい主の偽りの趣味と堕落した心情を映し出している。
ケスネール夫妻のもてなし
ケネル夫妻は荘重な礼儀正しさでセント・オーベールを迎えたが、ほんの形式的な哀悼の意を表しただけで、まるでかつて自分たちに妹がいたことすら忘れてしまったかのように振る舞った。エミリーは怨みの涙が込み上げてくるのを感じるが、一方、セント・オーベールは落ち着いた威厳を保ち続けており、その様子が意図せずケネルを居心地の悪いものにする。ケネル夫人はエミリーに大きな晚餐会が予定されていると告げ、過去の悲しみに捉われて現在の祝宴を妨げられるべきではないと強く主張した。
夕食会のイタリア人客
晩餐の客の中には、二人のイタリアの紳士がいる。モントーニ氏は四十歳のハンサムな男性で、堂々たる容貌と鋭い洞察力を備えており、カヴィニ氏はそれより年下だが、同様に物事を見抜く力に長け、説得の巧みさでは勝っている。モントーニはイタリアの政界の混乱について熱弁を振るい、一方のカヴィニはまずヴェネツィアの優位を豪語し、それから流れるようにパリの流行とオペラを称えてフランスの婦人たちに媚びる。二人の視線は時折エミリーにも注がれるが、その控えめで素朴な様子は、同席の女性仲間とは際立った対照を成している。
セント・オベールの郷愁に満ちた想い
夕食中、セント・オベールはケネルが切り倒そうと脅かしている古栗の木を再び訪ねようとして、そっと席を離れる。その木陰に立って、若き日の思い出や逝きし友人に囲まれながら、彼はエミリーだけが心の頼りとして残っている現在の人生の孤独をかみしめる。死に臨んだ妻の追憶が、彼の足を再び宴の席へと走らせる。
悲しみからの徐々な回復
時はエミリーの激しい悲しみを徐々に和らげ、その厳しさを彼女が胸に抱く聖なる優しさへと変えていく。しかし、サン・オベールは、以前患った熱病から完全には回復せず、さらに妻の死に打ちひしがれて、健康が目に見えて衰えていく。エミリーは絶えず彼の側に寄り添っているものの、その衰弱に気づくことはなく、明白な事実となって初めて知ることになる。
医師の旅行処方箋
医者は、悲嘆がすでに弱っているサントベールの神経を侵していることに気づき、旅行を処方する。医者は、風景の変化と心の慰楽がサントベールを健康に取り戻すだろうと信じる。サントベールはこの処方を受け入れ、地中海の沿岸に沿ってラングドックとプロヴァンスの方へゆっくりと旅立つことを決意する。
出発の準備
エミリーは父親の旅に同道する準備を整える。サン・オベールは出費を抑えるため、老女中のテレサ以外の使用人を全員解雇するといった処置をとる。エミリーが父の老いた体を気遣ってその倹約を問いただすと、彼はただ、高額の旅が控えているのだとだけ答える。出発を明日に控えた夜、エミリーは荷造りのため、真夜中を過ぎても起きていた。
エミリーによる秘密の肖像画の発見
深夜、画材を取り集めていたエミリーは、居室の衣裳部屋で父を見つける。燭台の明かりに照らされた文書を読みながら、声を出して泣き続けていたのだ。父は祈りを捧げるようにひざまずき、荒々しく、ほとんど恐怖に似た表情を浮かべていた。やがて小さなケースを取り出し、中からミニチュアの肖像画を覗き込む。それは亡き妻ではなく、別の女性の肖像だった。サン・オベールは明白な慈しみをこめてそれに見入り、痙攣するようなため息とともに、絵に唇と胸を押し当てた。ガラス越しに姿の見えないところからそれを見つめていたエミリーは、父が秘めた悲しみと、自分の知らなかった謎めいた肖像画を抱えていることに気づかされる。そして見つかる前に、そこを立ち去った。
第三章
博物学者バロー氏のもとを辞したあと、サン・トベールとエミリーは、ピレネー山脈を抜ける曲がりくねった道に乗り出す。そこにはロマン主義的な風景の壮大な眺望が広がっていたが、人里離れたこの道は過酷な上、宿も十分ではなかったので、旅人たちは食糧を携え、山奥の小屋での歓待に頼らざるをえなかった。道中、亡き妻を偲ばせる優しい記憶を風景が呼び起こすため、サン・トベールの物憂げな面が浮かび上がるが、しかし山々の壮大さが眼前に展開するにつれて、エミリーは次第に喜びに身を委ねてゆく——松林は、木々や街並みに富む広大な平野、その間を蛇行しながら流れるガロンヌ川へと広がっていく。旅人たちは、猟師の身なりをした若い放浪者ヴァランクールと遭遇する。彼は一行が山奥の貧しい村で快適な宿を徒労のうちに探し求めているさなかに、病身のサン・トベールに自分の寝台を惜しげもなく提供した人物であり、後に客室で発見されるホメロス、ホラティウス、ペトラルカの文学作品の数々は、美に対するのと同じほど自然の崇高さに敏感な精神の持ち主であることをうかがわせる。
自然の限りない神聖な魅力
自然の限りなき神聖なる魅力 この章は『吟遊詩人(ザ・ミンストレル)』からの題辞で始まる。魂を支える自然の限りない魅力——森、海岸、野原、朝の光、夕暮れの響き、山の隠れ家、そして天の荘厳さ——について詠じたそれは、自然の恵みに感謝する者々に「愛と、優しさと、喜び」を授けるすべてのものでもある。
サン・オベールのラングドックへの曲がりくねった山道
**サン・オベールのラングドックへの曲がりくねった山道** ピレネー山脈の麓を直進してラングドックへ向かう道を取るかわりに、サン・オベールは意図的に高地を越えるより曲がりくねった道を選び、エミリーとの旅のためにより広大な眺望とより変化に富んだロマン的情景を求めている。
ムッシュ・バローとの別れ
M.バローへの別れ サン・オベール氏は道程をそれて、城館の近くの森で植物採集をしているM.バロー氏を訪ねる。隠遁を好む性格にもかかわらず、バロー氏はサン・オベール氏の旅立ちに心からの憂いを示し、自分も同行したい誘惑にかられただろうと告げる。二人は互いに惜別の念を抱いて別れを告げ、バロー氏はサン・オベール氏の帰還を待ち焦がれると約束する。
旅の準備:食料と読書材料
旅の支度:食糧と読み物 旅人たちは、便利な宿が少ないことを補うため、馬車に食料を積んで旅の準備をする。そうすれば、道沿いの小屋で宿泊しながら、戸外の風光明媚な場所でゆっくりと食事をとることができる。知的な糧としては、M・バローの植物学書と、ラテン語やイタリア語の詩人を何人も持参する。エミリーはまた、行き交う美しい風景をスケッチするため、鉛筆を持っていく。
サン・オベールが自身のシャトーを眺める憂鬱な様子
サン・オベールの城館への物憂げなる眺め 高みへと登って行くにつれ、サン・オベールは下の平原に佇む自分の城館を何度も振り返り見やった。物憂げな情景が彼の心を満たし、もはや二度と帰ることは叶わぬのではないかという恐れがよぎる。その考えを振り払おうとしても、彼の視線はなおそこへ向けられたままで、やがて距離が彼の居城を一帯の景色の中へと溶かし込んでしまう。そして彼はこう感じる──「一歩遠のくごとに、引き留める鎖もまた長々と伸びてゆく」。
エミリーの山岳の雄大さへの喜び
壮麗なる山岳へのエミリーの歓喜 セント・オーバートとエミリーは、数リーグの間、思いに耽りながら静かに旅を続けた。若きエミリーの空想は、周囲の壮大さに心を奪われ、心地よい印象を呼び覚まされた。道が、驚くほど巨大な岩壁に囲まれた谷間へと下ってゆくにつれ、エミリーの目に映るのは、松の森、木立に恵まれた広大な平原、そして地平線まで続く町並みや葡萄畑、耕作地であり、その遠景では、雄大なガロンヌ川が蛇行しながらビスケー湾へと注いでいた。
崖の上の休息とセント・オーベールの亡き妻への哀しみ
崖上での休息とセント・オベールの亡き妻への悲嘆 旅人たちはヤシの木が立ち並ぶ崖の頂上で足を止め、ガスコニーとラングドックの眺望を見渡しながら食事をとる。ラバたちは薬草を食む。セント・オベールはエミリーに川や町、地方の境目を指し示すが、その景色が亡き妻マダム・セント・オベールが好んでいた眺望に似ていることに気づき、押し黙って涙を浮かべる。妻の面影が胸に蘇り、彼は一人で泣くためにそっとその場を立ち去り、やがて平静を取り戻す。
ルシヨンへの南方旅行の決定
南のルシヨンへ旅立つ決心 サン・オベールは山奥へと足を延ばすことを決め、ランス地方へ向かう道中、地中海の海岸沿いにルシヨンへと南へ進路を取ることにした。そこで、日没前にたどり着ける道筋や立ち寄れそうな小さな村について、馬方のミカエルと相談する。
ラバ使いの危険な断崖ドライブ
馬子の危険な崖道での暴走 マイケルが道端の十字架で祈りを終えると、彼は目も眩むような断崖の縁を驢馬たちに全速力で走らせた。恐怖に震えたエミリーは気を失いかけ、慌てて手綱を引き止めてほしいと願う。しかし突然に御者を止めたならば、さらなる危険が及ぶと危惧したサントベールには、主人である馬子よりも遥かに分別のある驢馬たちの判断に身を委ねるしかなかった。驢馬たちは落ち武者にも似た御者の無謀な指示に従うことなく、旅人らを無事に谷まで運んでくれたのだった。
エミリーが遠くの雪をいただく峰を目にする
**エミリー、遠くの雪を頂いた峰を目撃する** 山あいの谷を旅していくと、エミリーは遠方に雲のように見える明るい物体に気づく。サン・トベールが、それは雪を頂いた山だと告げる。その峰はあまりにも高いため、周囲の山々が深い影に沈んでいる時でも、なお太陽の光を反射しているのだった。
カラマツと杉のある狭い岩谷
広がる景色を後にして、旅人たちは岩が乱雑に積み重なってできた狭い谷間へと入っていく。谷の両側にはカラマツと杉が枝を広げ、断崖と急流に陰を落としている。荒涼とした景色の中で、命あるものといえば、危険な岩のあいだをちょろちょろと動き回るトカゲだけである。ここは、サルバトール・ロサの描いたロマン主義的な風景画を彷彿とさせ、セント・オベールならずとも、山賊が姿を現すのではないかとの気配を感じるほどである。
羊飼いと牛がいる夕暮れの谷
夕暮れの谷 ― 羊飼いと牛の群れ 谷は夕暮れに向かって次第に開けて穏やかになり、ヒースの茂る山並みが姿を現す。その山中では、ひとつだけの羊の鈴の音が鳴り響き、羊飼いが羊の群れを囲い場に呼び寄せる。コルク樫と常緑樫の影に覆われた小屋が谷を見下ろし、谷には鮮やかな緑が広がっている。その緑の中で、牛の群れがオークや栗の木の下で草を食み、小川のほとりで静かに休んでいる。
ハンター・ヴァランクールとの遭遇
猟師ヴァランクールとの遭遇 黄昏の憂愁に耽っていた旅人たちは、銃声に驚かされ、やがて狩りの角笛の音を耳にした。猟師のいでたちに身をやつした若い見知らぬ男——肩には銃を提げ、帯には角笛を佩き、手には小ぶりの槍を持って——二匹の犬とともに藪の中から躍り出た。彼は近くの村まで道案内しようと申し出るが、馬車への同乗は辞退し、それでもラバの歩調に合わせてついてきた。
ヴァランクールが山の村へ案内する
ヴァランクールが一行を山の村へ導く 見知らぬ男が自分の名をヴァランクールと明かし、サンバートと対話しながら村へと案内していく。ヴァランクールは、放浪の暮らしについて語りながら、自分が狩人の服装をするのは、犬たちとの仲間意識のため、単純な山岳民から一目置かれるような体裁上の目的のため、そして田舎の風景を楽しむためだと説明する。サンバートは健康を求めてここに来たこと、ルーシヨン方面へ旅する計画であることを話し、ヴァランクールは道筋について情報を提供する。
村の宿を探す
村での宿泊を探す 旅人たちは村に到着したが、宿屋が見つからず、快適さがさまざまな小屋があるのみであった。彼らがいくつかの小屋に入ると、そこには無知と貧しさと陽気さが蔓延しており、住人たちは好奇心と臆病さを浮かべた目で彼らを見つめた。質素な住居の中にはまともなベッドは見当たらず、たいていは二つの部屋からなっていた――一方の部屋にはら馬や豚が入れられており、もう一方の部屋では大家族が革や乾いた葉を泥の床に敷いた寝床に寝起きしていた。天井の隙間から光と煙が通り抜けていた。
ヴァランクールがサン・オベールにベッドを提供する
ヴァランクールがサン・トベールに自分の寝台を譲る 疲れた父親に対するエミリーの切迫した気遣いの様子を見取ったヴァランクールは、サン・トベールをそっと脇へ呼び寄せ、自分の寝台を申し出る。サン・トベールたちの恐ろしい発見に比べれば質素なものではあるが、十分にまともな寝台だった。当初は受け入れることを固辞していたサン・トベールだったが、ヴァランクールが「自分が楽に眠っている間、病人に硬い革の上で寝かせて苦痛を与えるわけにはいかない」と押し切るように主張すると、ついにそれを受け入れることに同意した。
ヴァランクールとの夕食と語らい
「ヴァランクールとの夕餉と語らい」 女主人は二人を立派な山荘へと迎え入れるが、その土地で手に入る地元の食べ物といえば、卵と牛乳だけだった。サン・トベールは自分の持ち込んだ食料をヴァランクールと分け合い、一時間ほど語り合う。サン・トベールはヴァランコールの男らしい率直さ、朴訥(ぼくとつ)とした素朴さ、そして自然の雄大さに対する鋭い感受性に深く感心する。サン・トベールは思う――ある種の心の素朴さがなければ、こうした自然への深い感動は決して強くは生じ得ないのだと。
ラバの宿泊場所をめぐるラバ使いとの争い
ロバ追いと宿の女将との争い 外で突然激しい騒動が起き、会話が中断される。マイケルと女将が口論を始めたのだ。女将は、マイケルのロバたちを、自分の息子たちが夜を過ごす同じ小さな部屋に入れて寝ることを拒む。ロバ追いとしての誇りを傷つけられたマイケルは、自らの動物たちを雄弁に擁護し、この地方で最も正直で優れた動物だと宣言する。かつて一度だけ、少年が馬小屋で眠っていた時に行儀が悪かったきりだと主張する。
ヴァランクールがラバ使いとの争いを解決する
ヴァランクールが馬方との争議を解決する ヴァランクールが争議に介入し、馬方とそのラバたちが問題の部屋を使用し、女主人息子たちがヴァランクールの獣皮の寝台を使い、自分は外套にくるまって戸口のベンチで眠ると提案する。女主人は最初この取り決めに反対するが、ヴァランクールの粘り強い態度によってこの厄介な問題が収拾される。
サン・オベールがヴァランクールの本を発見する
旅人たちが遅くにそれぞれの部屋に引き上げた頃、ヴァランクールは蒸しい船室よりも穏やかな夜の空気の方がよいと、山小屋の戸口に見張りの位置についた。セント・オベールは自分の部屋でホメロス、ホラティウス、ペトラルカの数の巻を見つける。その中に書き込まれたヴァランクールの名が、その本を、これほどにも丁重に寝台と手を貸してくれた若い旅人のものであることを明らかにする。
第四章
ヴァランクールとの別れを道が分かれる分かれ目で告げた後、サン・テュベールとエミリーはピレネー山脈を抜けてボージュへと向かうが、暗い山道で盗賊の一団に出くわす。ヴァランクールが思いがけず現れ、彼らを助けようとして腕を撃たれ、彼が負傷した姿を見てエミリーは悲嘆のあまり気絶する。辛うじて傷の手当てをし、ボージュへと進んだ先で、地元の外科医にヴァランキュールの治療を依頼する。ヴァランキュールの負傷が旅人たちに数日の足止めを余儀なくさせるが、その間、サン・テュベールは哲学的関心をもってこの若者の人柄を観察し、その寛大な精神、明晰な知性、ロマンティックな感受性に気付くが、併せてこの若者は「パリに行ったことがない」ことにも気づく。ヴァランクールが十分に回復して旅を再開できる状態になると、彼らは共に崇高なアルプスの風景の中を旅し、氷河と万年雪に覆われた高地へと登った後、ルシヨンへと徐々に下っていく。ルシヨンでは、壮麗な山岳の風景と美しさが織り混ざり合っている。 第四章は、サン・テュベール、エミリー、ヴァランクールが日没後にピレネー山脈を旅する場面から始まる。男たち、馬、ラバの正体不明の一行が山を下ってくるのが見られ、後になって密輸業者だと判明する。旅人たちは子どもたちが遊ぶアルプスの橋を通り過ぎ、やがて遠くから聞こえてくる夕べの鐘の音をたよりに修道院へと向かう。月明かりに照らされた森を登っていくと、頂上で一行は立ち止まり、ヴァランクールとサン・テュベールが記憶と物思いについて語り合う。一行は修道院にたどり着き、宿泊を許され、粗末な夕餐を共にした後、遂には眠りにつく。
第四章
道が分かれる分岐点でヴァランクールと別れた後、サン・オベールとエミリーはピレネー山脈を越えてボージュへと旅を続けた先で、暗い山道で盗賊の一団に出くわす。ヴァランクールが思いがけず姿を現し、彼らを助けようとした際に腕に弾丸を浴びる。エミリーは彼の傷ついた姿に接して悲嘆のあまり気を失う。辛うじて傷の手当てを終えてボージュへと向かうと、地元の外科医がヴァランカールの手当てを行う。ヴァランカールの負傷により一行は数日その地に留まることを余儀なくされるが、この間にサン・オベールは哲学的な関心を込めて彼の人物を観察し、その寛大な精神、明晰な知覚、浪漫的な感受性に留意する一方、この若者は「パリに行ったことがない」と指摘する。ヴァランクールが旅立てるまでに回復すると、彼らは再び共に壮麗なアルプスの風景の中を旅し、氷河と万年雪の高地へと昇ってから、徐々にルシヨンへと下ってゆく。そこでは美しさが、彼らが通り抜けてきた雄大さと混ざり合っている。
吟遊詩人
この章は詩的な前置きで始まる。そこでは放浪の吟遊詩人が描かれており、その詩人は優しく穏やかな情景にも恐ろしい情景にも、暗闇にも嵐にも、めまぐるしく移ろう運命の中にも喜びを見いだし、ため息をつき、哀れみの涙を流す魂を持っていると詠われている。本編では、サン・オベールとエミリーが旅の途中で出会う若い異国人ヴァランクールを通じて、この主題がさらに続いていく。
朝食と出発
セント・オベールは眠りから覚めてすがすがしい気分になり、旅人を朝食に招いた。ヴァランクールがかつてルーシヨンへの道筋にある重要な町ボージュまで旅をしたことがあると聞き、セント・オベールはその道を取ることに決める。ヴァランクールは、そもそもあてもなく歩き回るつもりだったこと、そして一人旅より彼らの同道の方が好ましいとして、初めの約一リーグ半の道案内を申し出る。若者は馬車への同乗を辞退し、徒歩で先へと進んでいった。
夜明けの谷
旅人たちは、新緑に輝く牧歌的な谷間を進んでいく。矮性のオークやブナ、楓の小さな森が広がり、その下では牛たちが静かに休んでいる。ナナカマドや枝垂れ樺が、急峻な斜面に木陰を落としている。太陽が昇ると、羊飼いたちが膨大な群れを丘へと追い立てていく。サン・オベールは、病人にとって心地よい清らかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。夜明けは風景を灰色の霧から、山の崖を染める金色の光へと変えていくが、谷底はいまだ露の帳に包まれたままである。サン・オベールは感動にむせび、偉大な造物主を想いながら涙する。エミリーは露に濡れた芝生を自由に歩き回りたいと願う。ヴァランクールは他の旅人たちと愛想よく会話を交わし、称賛すべきものを指し示している。サン・オベールはその無邪気さに目を留め、「この若者はパリに行ったことがないな」と心中に思う。
ヴァランクールの追跡
道の分かれ目で、セント・オベールはヴァランクールに心温まる別れを告げた。ヴァランクールは立ち去るのを惜しみ、出発を遅らせようと言葉を探す。馬車が出発する時、彼はエミリーを熱心に見つめる。セント・オベールは、道端の土手に立ったまま腕を組み、馬車を見つめている彼の姿を見守る。やがてヴァランクールが最後に別れを告げるように手を振るのだった。
道の分かれ目
別れの後、その国の眺めは一変して劇的なものとなる。旅人たちは、ほぼ頂上まで山を覆う陰うつとした松林の地域へと入ってゆく。松林は、花崗岩の崖や広がりゆく川筋によってのみ遮られている。風景は荒々しく寂寥として、人の訪れも稀となり、目に入るのは遠方の羊飼いたちと彼らの犬だけである。人間の住居といえば、崖のあいだにぽつんと建つ山羊番や狩人の小屋がただ遠隔に存在するばかりである。セント・オーベールは珍しい植物を調べるためにしばしば馬から降り、一方のエミリーは森の木陰のもとを、心の高揚を抑えきれずにうたいあるく。
松林
旅人たちは、暗い松林を通る人けのない粗い道をさらに先へと進んでいく。サン・トーベールは植物の標本に目を凝らし、エミリーは森の寂しいささやきに耳を傾ける。ボージュへと向かう途中、大きく枝を広げた杉の木の下で、青空のもと野外の夕食をとる。道はそこから下りに転じ、松林を背後に残しながら、岩の切り立つ崖の間を進んでいく。やがて夕暮れの薄明が、静かに旅人たちの頭上に降りてくる。
近づく火
暗闇が迫る中、遠くの火が岩と地平線を照らし出していた。サン・オベールはピレネー山脈に多くいる山賊ではないかと疑い、警戒心を強める。万が一の略奪に備えて武器を携帯していた。突然、後方の道からラバ追い(馬子)に立ち止まれと命じる声が響いた。サン・オベールはマイケルに急いで進むよう命じるが、ラバは歩調を速めようとはしなかった。馬の蹄の音が近づき、一人の男が騎乗して駆け寄り、彼らに止まれと要求した。
負傷した見知らぬ男
サン・オベールが護身用にピストルを構えようとしたそのとき、銃声が鳴り響いた——馬上の男がよろめいた。サン・オベールはすぐに、呼びかける声の持ち主がヴァランクールだと聞き分ける。ヴァランクールは腕の傷口から激しく出血していた。馬追いは逃げ出した馬を追って去り、エミリーは馬車の中に一人取り残されていた。戻ってきたサン・オベールは、極度の不安からエミリーが気絶しているのを見つける。ヴァランクールは自身の容態など顧みず、彼女を救うために急いで駆け寄る。サン・オベールはハンカチを使って包帯を作り、止血を試みる。ボージュまで二リーグの距離があると知り、ヴァランクールがその道を無事にこなせるかどうか不安が募る。ヴァランクールは傷は大したことないと言い張り、ヴァランクールを馬車に乗せた一行はボージュへとゆっくりと進み始めた。
エミリーの苦悩
ヴァランクールが自身の予期せぬ再会について説明する。サン・トベールは再び社交への興味を取り戻し、彼らが出発した後、集落は寂寥そのものとなった。彼は、この趣のある山道を選んだ理由の一つに、彼らに追い付く望みがあった。エミリーはヴァランクールが直接話しかけてくる時以外は無言を保ち、その時の彼の声の震えが彼の心情を露わにしている。サン・トベールは事故を引き起こした軽率を嘆き、ヴァランクールは痛みに耐えながら陽気な会話を続け、同伴者たちに不快な思いをさせまいと努める。
ジプシーの野営地
一晩中見えていたその火に近づいていくと、谷間でジプシーの一団が野営しているのを発見する。ピレネー山脈を徘徊する無数の一味の一団で、旅人から物を奪うことでかろうじて生計を立てていた。岩や木々の葉に赤く陰気な光を投げかけ、幻想的な情景を織りなす炎の照らしの中で、エミリーは恐怖に満ちた目でこれらの野蛮な姿を見つめる。大きな鍋を囲み、子供や犬が戯れる粗末なテントの近くで、放浪者たちは夕食の支度にいそしんでいた。ヴァランクールは黙ってサン・オベールのピストルの一つに手をかけ、サン・オベールがもう一丁を抜き出すと、明らかに準備もできておらず食事に夢中になっているジプシーたちは、彼らが襲われることもなくそこを通り過ぎていくのだった。
ボージュー到着
さらに一リーグ半ほど暗闇の中を続けたあと、旅人たちはボージョーに到着し、その街でただひとつの宿屋へと馬を走らせた。山中の宿よりはましだったが、それでもやはり粗末な宿だった。ヴァランクールは介抱されながら中へ運び込まれ、寝台に横たえられた。サン・オベールはすぐに町の外科医を呼びにやる。外科医というのは、人間を扱うのと同じくらいたやすく馬も診、骨を接ぐのと同じくらい手際よくひげも剃る開業医だった。ヴァランクールの腕を診た外科医は、弾丸は骨には触れず、肌肉を貫通しただけだと判断し、傷に包帯を巻いたうえで、静養を命じた。
外科医の往診
外科医がヴァランキュールの傷を手当てし、厳かに安静を守るように言い渡して去るが、ヴァランキューにはそれに従う気がなかった。痛みから解放されたことで気分が蘇り、今は不安もなくなったので、サントベールとエミリーの会話に加わりたいと願う。時刻は既に遅かったが、サントベールは宿の主人と共に夕食の食材を買いに出かけなければならず、エミリーとヴァランキューを二人きりに残してゆく。二人は博物学や風景、詩について語り合い、とりわけサントベール――エミリーのお気に入りの話題――について熱心に語り合った。
夕方の会話
夕べは心地よく過ぎていったが、旅の疲れを感じたオーべール氏と、再び痛みを感じたヴァランクールが夕食後に別れると、会話は途絶えた。話は土地の風習や博物学、詩について及び、エミリはオーべール氏の話題になると、話に耳を傾けたり自ら語ったりしながら、特別な喜びを覚えた。そしてオーべール氏が席を外したすきに、ヴァランクールとエミリは二人きりとなった。
ヴァランクールの発熱
朝にはヴァランクールは一晩じゅう落ち着かずに眠れず、熱があり、傷の痛みも激しかった。外科医はボージュで静かに療養するよう勧めており、それはあまりに道理にかなえために拒むことはできなかった。セント・オベールはこの医者を手放しでは信用していなかったが、付近の町について尋ねてみたところ、これより近くによりすぐれた医療を施してくれる土地がないことが判明した。そこでヴァランクールの回復を待つため、セント・オベールは旅の予定を変更することにする。ヴァランクール自身は丁寧ながらも本心からの賛成ではない言い方でこの延着に異議を唱えたが、セント・オベールの決意は揺らがなかった。
ピレネーの風景
ヴァランクールが強制的に休養している間、サン・オベールとエミリーはピレネーアルプスの麓に位置するボージューの美しい郊外を探検する。山々は切り立った崖となってそそり立ち、あるいは杉、モミ、糸杉の森を湛えてほぼ頂上まで続いている。ぶなの木と七竈の明るい緑は、暗い森の緑の中で光のひらめきのように見え、その間激流が森を貫いて流れ落ちていく。
ヴァランクールについての観察
ヴァランコールの足止めが、セント・オーバートに彼の気質と才能を観察する余地を与えている。彼が見出したのは、率直で寛大、熱情に満ち、壮大さや美に極めて敏感だが、衝動的で激しやすく、やや夢見がちな性質だった。ヴァランコールは世間知らずだが、認識は明晰、感情は公正であり、怒りも称賛も同じ激しさで表す。セント・オーバートはその熱のこもった様子に時折微笑むものの、それを諫めることはめったになく、しばしば「この若者はパリに行ったことがないな」と独りごちる。セント・オーバートは、ヴァランコールがガスコニー地方の名だたる、同姓の名家の出であることを突き止め、彼が歩けるようになったら——まだ自分の馬を扱うことはできないが——馬車で同道して旅を続けるよう誘う。
アルプスの高峰
旅人たちはさらに山の高みへと登ってゆく。そこでは氷河が凍てつく恐怖を露わにし、永遠の雪が峰々を白く染めている。彼らは樫と唐松のみが生い茂る荒々しい崖で足を止め、これらの壮絶な光景に見入る。眼下に広がるのは暗いモミの森と、いまだ人類の足跡も及んだことのない断崖絶壁、そして滝の雷鳴すらほとんど届かぬほど深く刻まれた渓谷である。奇怪な花崗岩がそそり立ち——あるものは円錐の形に天を貫き、あるものは基部の上に覆い被さるように垂れ下がり、崩れ落ちんばかりの雪が破滅を脅かす。旅人たちは崇高な感情に浸り、しばしばセント・オベールの目には涙が浮かぶ。薄い大気のために遠くのものが近く見え、エミリーは驚きの念を覚える。深い静寂を破るのはハゲタカと鷲の声のみ、眼下では霧の波が立ち込め、景観をちらほらと見え隠れさせている。
ルシヨンへの下降
高いアルプスの山岳地帯を幾リーグも横断した後、旅人たちはルシヨンへと降り始め、さまざまな美しさが風景の中に織り込まれていく。旅人たちは去りゆく崇高な景物に幾分の惜別の念を抱きながらも、過度に酷使されて疲れた目は、眼下を流れる川沿いの緑豊かな森と牧草地、杉の木陰に佇む質素な小屋、山の子どもたち、そして丘の合間の花咲く憩いの場へと休息を見出す。
スペイン山口
彼らが下って行くと、スペインへ向かう壮大なピレネー山脈の峠が右手に現れる。夕日の光輝の中で、城壁や塔がきらめいている。黄色に染まった木々が下の急峻な斜面を彩り、その上方では雪を頂いた山々がばら色の輝きを映し出している。
ボージュ旅館
サン・トーベールは、ボージュの住民たちがその夜に泊まるよう教えてくれた小さな町を探していたが、いまだ人家らしいものは見えなかった。ヴァンクールはその手助けができない。アルプス山脈沿いをこれまでこれほど遠くまで旅したことがないため、距離の判断がつかないのだ。二人はボージュを発って以来ずっと導いてくれている一本道を辿っていく。惑わせるような別の道が分かれ道を見せることもなく、進む方向には確信を持っていた。
第四章
第四章は、日没後にピレネー山脈を旅するセント・オベール、エミリー、ヴァランクールの様子を描いている。男たち、馬、ら馬が一列をなして山を下って行くのが目撃され、後に密輸業者たちだとわかる。旅人たちは子供たちが遊んでいるアルプスの橋を渡り、やがて遠くから聞こえる夕べの鐘の音が修道院へと彼らを導く。月光に照らされた森を登っていくと、一行は頂上で足をとめ、ヴァランクールとセント・オベールが記憶と哀愁について思いをめぐらす。一行は修道院に到着し、宿泊を許され、質素な夕食を共にし、最終的にその夜を過ごすために引き下がる。
日没時の山岳輓馬隊
日没の頃、サン・オベールは長旅の後の病の疲れを感じながら、騾馬の追い手に急ぐよう命じた。谷を縫うようにして下って行く途中、向かいの山を下ってくる大きな一団——男たち、馬、荷物を積んだ騾馬たち——が目に留まった。きらめく武具が薄れゆく光の中に輝いている。先頭に軍装が見えたことで、彼はそれが軍隊に待ち伏せされた密輸業者たちの一団だと確信し、先ほどの不安は和らいだ。
アルプス橋と子供たち
旅人たちが谷沿いにさらに進んでいくと、二つの高い岩峰に架かった粗末なアルプスの橋にさしかかる。山の子供たちのひと群れが、下の急流に小石を落として遊んでおり、白い飛沫が立ち上るのを見たり、水のうなるような響きに耳を傾けたりしている。サン・オーバールはモンタニィへの道を聞こうと声をかけてみるが、急流の轟きと岩峰の高さに阻まれて、声はとどかない。仕方なく一行はさらに先へと進む。
夕課の鐘
夕暮れの後もなると、一行は近くの修道院からかすかに流れ聞こえてくる夕鐘の音を聞いた。ヴァランクールは、そこに身を寄せてはどうかと提案し、一夜の宿を請い、少なくともモンティニーまでの道を尋ねようと約束した。サン・オベールは疲れ果て、具合も思わしくないまま、これ以上道中で夜を過ごすより休息の見込みを好ましく思って、それに応じた。
月明かりの森を抜けて登る
鐘の音に導かれて、旅人たちは月明かりに照らされた急な坂道を深い森へと登ってゆく。月光が葉の間から漏れ、細く続く道のうえにゆらめく光を投げかけている。静寂を裂くように時折鐘が鳴り響く——その音だけが夜の静けさを破り、エミリーの心に畏怖と恐怖が入り混じった感情を呼び起こすような不気味な雰囲気を生み出している。ヴァランクールの言葉が交わされることで、しかし、その恐怖はいくらか和らいでいくのだった。
記憶と憂愁の対話
草の生い茂る小さな丘の上、木々が開けて銀色に照らされた谷が姿を現す場所で、一行は休息するために足を止めた。ヴァランクールは、こうした風景が持つ力について語る——心を柔らげ、純粋な哀愁を呼び起こし、慈しみや愛の感情を目覚めさせる力について。サン・オベールは、愛する者たちの思い出や、このような夜が呼び起こす優しい哀愁について想いを巡らせる。かたわらでエミリーは、亡き母のことを黙って偲んでいた。言葉を重ねるうちに、互いの悲しみを分かち合う思いは深まり、束の間の慰めがより一層たしかなものとなっていく。
修道院に到着
森から出てくると、旅人たちは草の生い茂る丘の上に建つ修道院を目にした。修道院は高い壁に囲まれている。旅人たちが古びた門を叩くと、つつましやかな身なりの僧侶が迎えに出て、彼らを小さな部屋へ案内して待たせた。大きなゴシック体の見開き本を前に座した院長は、ていねいに彼らを出迎え、二三の問いをかけたうえで、その夜のための宿を許した。
修道士たちとの夕食
簡潔な公式の面談の後、一行は質素な食堂に案内され、そこで簡単な夕食の支度が整えられていた。病のために衰弱しているセント・オーバートは、エミリーから優しい介護を受け、またヴァランクールからは手厚い助力を受ける。ヴァランコールは優しい憂いを帯びた眼差しでエミリーを見つめていた。質素ではあったが、その食事は束の間の休息を与え、旅行者たちは早めにそれぞれの部屋へ分かれて戻った。
エミリーの真夜中の瞑想
その夜遅く、エミリは鐘の鳴る音と廊下に響く足音で目を覚まし、修道士たちの祈りへの呼びかけだと気づきます。再び眠りに就くことができず、彼女は月光に照らされた景色へと窓を開け、階下の礼拝堂から立ち昇るかすかな深夜の賛歌に耳を傾けながら、創造の壮大さ、大空の広大さ、そして神の慈悲深さについて思いをめぐらせます。清らかで心を解き放つ敬虔な想いに動かされながら、彼女は谷の向こうに月が沈んでゆくのを見届け、ついには穏やかな眠りへと戻っていきました。
第V章
セント・オベールはエミリーとヴァランクールを伴い、野生の趣と詩情を湛えたピレネー山脈を越えてルシヨンへと旅を続ける。そそり立つ岩峰、松林、牧歌的な谷が織りなす壮大な山岳風景が、旅人たちを交互に魅了し、畏怖させる。セント・オベールは、風景の中を並んで歩く二人の姿を眺めながら、ヴァランクールとエミリーの優しいやり取りを喜びと諦めが入り混じった思いで見守り、ヴァランコールの寛大な精神と、エミリーの穏やかでありながら真剣な態度に目を留める。一行は木々の生い茂る山道で道に迷ってしまうが、羊飼いの小屋を見つけ、そこでジプシーたちが貧しい一家の羊を盗み出し、生計や、厳しい主人に仕える羊飼いの雇用の場を脅かしていることを知らされる。一家の悲痛な様子に心を打たれたヴァランクールは、彼らを助けるためほとんどすべての金銭を惜しげもなく差し出す。この行為は彼の心をこんなにも軽やかな歓びで満たし、常に崇めてきたまさにその風景の美しさについて思わず声を上げさせるほどだった。高い峰から、旅人たちはルシヨンの緑の低地が地中海まで広がる広大な展望を見晴らし、それは壮大で荒涼としたピレネーの峰々と見事な対照をなしている。ガスコーニュへ続く岩の峠には、絞首台と十字架が姿を現し、崇高な風景の感動に影を落とす。一行はルシヨンの洗練された美しさの中を山から下り、夕闇が迫る頃にアルルに到着する。ヴァランクールがセント・オベールとエミリーから離れ離れにならなければならないことが近づき、最後の夕べを共に過ごす彼らの間に物悲しい陰が漂う。
山岳風景の中のルシヨンへの旅
一晩の休息で十分に回復したサン・オーバールは、家族とヴァランクールとともにルシヨンへと旅立ち、日没前に到着することを望んでいる。通り過ぎる景色は荒々しくロマン的だが、ときに美しい眺めが風景を柔らかな微笑みへと変えてくれる。山間には小さな木陰の閑地が現れては、明るい緑と花に覆われている。あるいは、崖の陰に牧歌的な谷が開け、小川のほとりには羊や牛の群れがのどかに見える。サン・オーバールは、しばしば馬から降りて、けわしい断崖沿いを歩いたり、角張った岩肌を切り立つ山を登らねばならなかったが、めまぐるしく変わる荘厳な眺めは、その疲労を補って余りあるものであった。そして彼は、ヴァランクールと語り合うことを大きな喜びとし、その情熱と素朴さ、そして高遠な精神のもつ正当さと威厳に心底より感嘆するのであった。
サン・オベールが見るエミリーとヴァランクールの絆
サントベールが野の草花を観察しながらゆっくりと足を進める時、彼はしばしば、エミリーとヴァランクールが並んで散歩する情景を胸のうちに描く——ヴァランクールが生き生きとした喜びに満ちて景色の壮大なる特徴を一つひとつ指し示し、エミリーが優しく、真剣な面持ちでそれに耳を傾けている情景を。 彼らはまるで、ふつうの世の浮きわついた事柄から、その境遇ゆえに遠く隔てられた二人の恋人のように見える。その考え方は、二人を取り巻く風景そのものの如く、単純で、そして壮大である。サントベールは思いに耽る——この世がいかに真の情熱を嘲り、軽んじるか、美徳と高雅な趣味とはほとんど同一のものであること、そして純真の柔和な威厳を失ってしまった心にこそ、真の愛は宿り得ないのだということを。
山の森で迷う
正午近くになって、旅行者たちは険しく危険な道にさしかかった。馬車についていくかわりに、涼やかな木陰を歩いて進むことにした。森の深いところには、露にしっとり濡れたひんやりとした空気、鮮やかな緑、香り高い花や草、そして見上げるような松、ぶな、栗の大木があった。ときには厚い葉がすべての視界をさえぎり、またときには葉のあいだから遠くの景色がちらりと見えて、想像をかき立てた。木の下の道をぶらぶらと進んでいるうちに、彼らは道をまったく見失ってしまったことに気づいた。本来の道はずっと上方の崖の上を遥か遠くまで曲がりくねって続いているのだった。ヴァランクールはマイケルに向かって大声で叫んだが、聞こえてきたのは自分の声のこだまだけであった。
羊飼いの小屋への訪問
ヴァランクールは牧人の小屋へと先を急ぐが、そこにいたのは戸口の前の芝生で遊ぶ幼い子供たち二人だけだった。年の上の少年が、父親は羊の群れのところへ出かけており、母親は谷へ降りていったがすぐに戻ると告げる。セント・オールベールとエミリーが cottage の近くまで来て、二本の松の間に置かれた素朴なベンチに腰を下ろし、幼子の素朴な光景に見入る。それはセント・オールベールに、自分を失った息子たちとその亡き妻の記憶を呼び起こさせた。エミリーは彼の憂いを払うために、彼が好む素朴な歌の一つを歌う。ヴァランクールは遠くからその歌声に耳を傾け、やがて二人のもとへ合流する。
ヴァランクールがマイケルを発見し、登頂を計画する
ヴァランクールは、断崖を覆い茂るやぶの中を進もうと努め、岩壁のあいだに反響するマイケルの怒鳴り声の方向を追って進んだ。茨と崖に阻まれながら大いに格闘したすえに、ついにマイケルに追いつき、黙って話を聞けと説き伏せた。馬車が遠く離れているうえに、長く急な坂道を登るのはサン・テュベールにとって大いに疲労を強いることになるので、ヴァランクールは自分が通ってきた道沿いにもっと楽な登り道はないものかと案じ、探し求める。やがて彼は飲み物を届けるために馬車のところへ戻ると、森が切り開けて雄大な眺望が広がる上方へと移ることを提案した。
悲しみに暮れる羊飼いの妻と盗まれた羊
若い女性が子どもたちのところに加わり、彼らの前で泣き始める。その姿を見て旅行者たちは足を止めた。彼女は事情を話し始める。彼女の夫は羊飼いで、夏の間はずっと山に暮らし、主人の羊の群れを見張っている。その前夜、夫はなけなしの持ち物をすべて失った——ジプシーの一団が羊を数匹も連れ去ってしまったのだ。夫のジャックは、自分の羊を数匹買うために少しずつ金を貯めていたが、今では盗まれた分のことで主人のところへわびを入れに行かなければならない。まして、主人は厳しい男なので、もう二度と羊の群れの世話をジャックには任せるまい。そうなれば一家は塗炭の苦しみに陥ることになる。
ヴァランクールが貯金を羊飼いに渡す
セント・オーバートとエミリーは羊飼いの妻に金を渡したが、ヴァランクールはその場に残り、盗まれた羊の代償としてあとどれだけの金が必要かを尋ねた。それが自分の持っているほとんど全額に近い額だと知ると、彼はジレンマに直面する──金を渡して帰路をわずかな金で切り抜けるか、それとも自分の旅のためにとっておくか。羊飼い自身が悲しみに沈んだ表情で現れたとき、ヴァランクールは一瞬のうちに、数枚のルイ金貨を除くすべての金を投げ出し、セント・オーバートとエミリーの後を追って駆け出した。彼の心がこれほど軽やかになったことはほとんどなく、すべてのものが以前にも増して興味深く、美しく思われた。
ピレネー山脈とルシヨンの山頂パノラマ
一行は木陰のある頂にたどり着き、壮大な眺めが眼前に繰り広げられた。背後には巨大な岩壁が垂直にそそり立ち、張り出した岩峰へと枝分かれしている。岩峰は灰色を帯び、割れた岩肌には山花が彩りを添えている。眼下では、急斜面が高山性の低木で縁取られ、さらにその下には栗林の茂る梢が広がり、その合間から羊飼いの小屋が顔を出し、青白い煙がほのかに立ちのぼっている。雄大なピレネー山脈の峰々は、光の移ろいとともに色を変える巨大な大理石の岩峰を見せ、その急斜面は松や唐松、樫の森で覆われている。眺望の合間には、青い霞に染まったルシヨンの低地が姿を現し、地中海の海と一体となっている。岸辺には寂しげな灯台が見え、陽光の中をはるか遠くの帆がきらめいている。
ルシヨン低地とアルルへの下降
旅人たちは、ルーシヨンを囲む低いアルプス山脈を下っていく。この山脈は、東の地中海に向かってのみ開かれた堂々たる障壁となっている。やがて風景は明るく陽気な耕作地へと変わっていく——オレンジやレモンの木立が葉の間に熟した実を輝かせ、甘く芳しい香りを空気中に漂わせ、広いぶどう園が平地へと傾斜している。その向こうには森や牧草地が海へと広がり、その明るく光る海面には遠くの帆船がきらめいている。すべてが夕暮れの紫の光に満たされている。この風景は、愛らしさと崇高さ、恐怖の懐に抱かれて眠る美しさの、絵に描いたように完璧な眺めを呈している。旅人たちは、花を咲かせたマートルやザクロの生垣の間を進み、その夜を過ごすことにしている町アルルへと向かう。
ヴァランクール出発前の憂鬱な夕べ
質素ながらも整然とした宿を見つけ、一日の労苦と喜びの後の夕べを楽しく過ごしたかもしれないが、迫り来る別離が彼らの心にかげりを落とす。サン・オベールは翌朝、地中海の岸辺へと向かい、その海岸沿いにラングドックまで旅するつもりでいる。一方、ほぼ回復したヴァランクールは、彼らと別れて、帰路につきながら山々の中で新しい景色を探訪することを決意する。この夕べの間、ヴァランクールはしばしば黙して物思いに耽り、サン・オベールの態度は優しさにあふれているが重々しく、エミリーは楽しげに振る舞おうと何度も努めるものの、心は深刻であった。これまでで最も悲しみに満ちた夕べの一つを過ごした後、彼らは夜のために分かれる。
第六章
この章は、トムソンの詩から、自由な自然の恵みと運命の試練にも屈しない魂の不屈さを称える題辞を引いて始まる。物語は、サン・オベールとエミリーが、地中海の海岸を目指してフランスの諸州を南へと旅する様子を追う。旅の最初の区間には、若く勇敢なヴァランクールが同行している。道程はルシヨンやラングドックといったロマン主義的な風景の中を縫うように進むが、その旅はサン・オベールの衰えゆく健康と、ラ・ヴァレでの安らかな暮らしを脅かす壊滅的な財政的破綻の告白によって影を落とす。夕暮れが近づき、サン・オベールの病状が危険を帯びてきた頃、旅人たちは森深くに佇む謎めいた城館で避難所を探すことになり、暗闇の中をおぞましい声がこだまさせる。 第六章では、夜のフランス田園地帯を旅するサン・オベール、エミリー、そして従者のマイケルの一行の旅路が続けられる。サン・オベールは重篤な病に伏しており、目的地へと向かう途中で宿と手助けを必要としている。サン・オベールは翌朝早くに出発する意向を示し、日中の暑さの中で休息を取りたいということ、そして一刻も早くラ・ヴァレに到着したいということを理由に挙げる。彼は、自らの現在の健康状態と精神状態では、これ以上の長旅を楽しむことはできないと認めてもいる。
第6章
この章は、Thomsonの詩からの題辞で幕を開ける。その詩は、自由に恵まれた自然の優美さと、富の喪失に屈しない魂の不屈さを称えるものである。その後、物語はSt. AubertとEmilyが、勇敢で若いValancourtの付き添いを得て、フランスの諸州を南下して地中海の沿岸へと向かう旅路を追う。二人の道筋はRousillonやLanguedocのロマンティックな風景を抜けていくが、その旅はSt. Aubertの健康が衰えていくことと、La Valléeでの安穏な暮らしを脅かす破滅的な財政的破綻が明かされることで彩られている。夕暮れが近づき、St. Aubertの容態が危険を帯びてくる中、旅人たちは森深くに佇む謎めいた城館で一夜の宿を乞うことになり、暗闇の中におぼろげに響く不気味な声に耳を澄ませることになる。
トムソンの自然詩
この章は、トムソンの『四季』からの題辞で始まり、運命(フォーチュン)といえども、魂から自然の恩恵や夜明けの美しさ、夕暮れに森や芝生を散策する楽しみを奪うことはできないと断言している。この詩は、変ることのない自然界の宝、そしてどんな逆境も破壊することのできない空想・理性・美徳の贈り物を称えている。衰亡に直面しながらも、すべての人々が身分や幸運に関わらず享受できる崇高な風景の中に慰めを見出すという、後に展開するテーマを、この自然の変わらぬ慰めへの呼びかけが先取りしているのである。
ヴァランクールとの朝食
彼らが会った翌朝、ヴァランキューは小さな宿でセント・オベールとエミリーと共に朝食をとった。セント・オベールは病のために憔悴した様子で、エミリーは愛情にあふれる心配げな目で父親を見つめ、病の具合がさらに進んでいるように感じ取っていた。朝食は前夜の夕食とほとんど同じく静かで、三人の同道者はもの思いに沈んだまま黙り込んでいた。セント・オベールは、実はヴァランクールの家柄を以前から知っていると打ち明ける。彼らの所領はラ・ヴァレから二十マイル以内の距離にあり、近隣を訪ねた際にヴァランクールの上の兄にも会ったことがあったのだ。この事前の知己があったからこそ、セント・オベールはヴァンクールを旅の供として受け入れる気になったのだった。人物を見抜く自分の眼には一応の自信を持っていたにせよ、娘につける道連れとしては、容貌や立ち居振る舞いだけでは紹介として十分とは考えられなかったからである。
ヴァランクールの一族
セント・オベールは、二人が初めて会った時にヴァランクールが自分の名と家柄を明かしたのだと説明する。家の所領は現在はヴァランキュールの兄が所有しており、その地はラ・ヴァレから二十マイル足らずの距離にある。セント・オベールは、近隣の地域を訪れた際ヴァランキュールの兄と顔を合わせることがあり、その家の地位と評判に通じるようになった。この知識があったからこそ、セント・オベールはこの若者を旅の連れとして迎えることに自信を深めることができた。見た目だけでは、自分の娘とともに田舎を旅する相手の紹介としては不十分だったからである。
別れ
馬車が到着し、サントベールとエミリーを次の目的地へと運ぶため、別れの時が訪れました。サントベールはヴァランクールをヴァレーに招きました。ヴァランコールはこの地方を通ることがあれば、ぜひ訪れてほしいと言うのです。ヴァランクールは熱心にその招きを受け入れ、その際、ちらりと恥ずかしげにエミリーに目を向けました。エミリーは、自分の深刻な気分を笑みで紛らわそうと試みます。しばらくの間、二人は興味深い会話を楽しみ、やがてサントベールが馬車へと先導し、共にいる者たちは黙って後に続きました。彼らが馬車に乗り込んだ後も、ヴァランクールは戸口で何分もの間立ち尽くし、誰一人として「さようなら」の言葉を口にする勇気を絞り出すことができませんでした。ようやくサントベールがその哀愁に満ちた言葉を告げると、エミリーはその言葉をヴァランクールに伝え、ヴァランクールは沈んだ微笑みを浮かべながらその言葉を返しました。馬車が走り去ると、ヴァランクールが宿の戸口に立ち、彼らの姿を追い続けているのが見えました。曲がりくねった道が彼を視界から奪うまで、ずっと見つめていたのです。
サン=オベールの回想
馬車が出発した後、オーベール氏はヴァランクールについて思いをめぐらせ、有望な青年だと感じ入る。これほど短い知合いで、これほど心を動かされた人間は、何年もの間いなかったと言う。ヴァランクールは、オーベール氏の記憶にみずからの青春時代を呼び起こす。何を見ても新しく、輝かしかった日々のことだ。オーベール氏は深く息をつき、ヴァランクールの年の頃、自分もまたまさにその青年のように考え、感じていたこと、そして世界は当時みずからの前に開けていたことを思い出す。――ところが今は閉じられようとしている。エミリーは父に、そう陰気に考えないでほしいと切に頼み、彼自身のためにも、自分のためにも、まだ先長い命が授かっているはずだと望みを述べる。オーベール氏は、老人が若者の熱意と純真さを観察するときに味わう喜びについて語る。そしてそれを、病める人に春がもたらすような蘇生の力にたとえる。ヴァランクールこそは、みずからにとってのその春であると明かす。エミリーは、かつてない喜びをもって、父が他者への称賛を述べる言葉に耳を傾ける。父の人柄が呼び起こすあたたかさを目の当たりにできることを、彼女はまたとない喜びと感じるのだった。
コリウールへの旅
旅行者たちは、ブドウ園や森、牧草地という心地よい風景の中を旅していく。片側にはピレネー山脈の壮麗な姿がそびえ立ち、もう一方には大海原が広がっている。正午になると彼らは地中海に面した町コリウールに到着し、昼食をとった後、午後の涼しい時刻まで休息をとる。それから彼らはラングドックへと続く魅惑的な海岸沿いを進んでゆく。エミリーは熱心に広大な海を見つめ、光と影の織り成す戯れによって海面がさまざまに変わっていくのを見つめ、また秋の色合いに柔らかく染まった木々の生い茂る岸辺に見とれる。サン・オベールは一刻も早くペルピニャンにたどり着きたいと願っている。というのも、そこではケスネル氏からの手紙を待ち望んでいるのだが、その手紙こそが、休息を要する身でありながら彼にコリウールを発たせたものだったからである。数マイルほど進んだ頃、サン・オベールは眠りに落ち、エミリーはラ・ヴァレーから持ち出した書物を読む機会を得る。
ヴァランクールのペトラルカ
エミリーは前日にヴァランクールが読んでいた本を探し求め、彼の目が触れた文章を辿り直し、彼が称賛した行に思い耽ろうとした。言葉の端々が彼の心の言葉で語りかけ、彼の面影を呼び覚ましてくれるのではないかと思ったのである。しかしその本は見つからなかった。代わりに目に入ったのは、ヴァランコールのものだったペトラルカの詩集で、彼の名前が記されていた。ヴァランクールはかねてよりこの詩集から折に触れて彼女に詩を吟じてきかせた。その節々には、ペトラルカの情趣に特有の哀切を帯びた表情がこめられていた。エミリーは、ありのままの事実――ヴァランクールが彼女が失くした本に代えてわざとこの詩集を残したのであり、その取替えの背後には愛があったのだということ――を、素直に受け入れることをためらった。もどかしい歓びを胸に詩集を開くと、声に出して読み聞かせた個所には彼の鉛筆の線があり、それから、彼の声に託す勇気までは持ち得なかった、さらに微妙な優しさに満ちた個所にも線が引かれていた。自分が愛されているのだという確信が湧き上がり、彼女は彼の愛情の記念の書物の上に涙を落とす。彼がこのソネットを吟じた時の、声の微妙な抑揚と表情の変化が思い出されたのだった。
ペルピニャンからの知らせ
ペルピニャンで、日没後、サン・オベールはケスネル氏からの手紙を受け取り、その内容は彼を深く苦しめるものだった。明らかに動揺している父を見て不安になったエミリーは、優しく原因を尋ねるが、父は涙を流すだけで、すぐさま別の話題へ移してしまう。その夜、エミリーは眠れぬまま、心配で時を過ごした。翌朝、彼女は改めてその話題を切り出し、父親の沈黙と深い落胆ぶりに心を痛めている様子を見せるので、サン・オベールはついに折れた。彼は、パリのモットヴィル氏——自分の個人財産の主要な部分を託していた人物——がさまざまな事情で破綻し、自分もまたともに没落したことを打ち明けた。ケスネル氏からの手紙には、サン・オベールの最悪の予想を裏付けるモットヴィル自身の手紙が同封されていた。サン・オベールは、景勝の地を巡る旅の喜びを彼女の心の中で曇らせたくなかったのだと説明するが、彼女の不安がすでにその思いを無にしてしまっていた。ラ・ヴァレーを去らなければならないかどうかは、モットヴィルが債権者とどのよう折り合いをつけるかにかかっているので、定かではない。もともと多くなかった彼の収入は、今では本当にわずかとなってしまうだろう——彼が最も痛みに耐えているのは、ひとえにエミリーの将来のことだった。
貧困についての対話
エミリーはヴァレーを去らねばならないのかと尋ね、サン・オベールは答えました。それはなお確かではなく、モットヴィルの交渉次第であると。彼は収入がわずかな額に減ってしまうことを認め、何より悲しいのはエミリーのためにあると告げます。彼女は優しい落ち着きで返答し、ヴァレーが彼らのもとに残る限り、二人は幸せになれると宣言します。使用人は一人だけにとどめ、収入の変化も彼にはほとんど感じられないでしょうと彼女は言います。かつて重んじたこともない贅沢を惜しむことはなく、貧しさは多くの慰めを奪うことはできないと彼女は主張します。互いの愛着も、自尊心も、心に留めるべき人々の敬意も奪うことはできません。彼女は彼にこう思い起こさせます。貧しさは知的な悦楽も、彼女に堅忍と慈愛の範を示す喜びも、愛する父を慰める彼女自身の楽しみも奪うことはできないのだと。さらに彼女は、自然の眺め—人工の贅沢よりはるかに勝る荘厳な光景—は、貧しい者にも富める者と同じく開かれていると力説します。彼らが保ち続けるのは自然の荘厳な贅沢であり、失うのは人為のもろい贅沢にすぎません。サン・オベールは涙を催し、エミリーを胸に寄せます。二人の涙がともに流れますが—それは悲しみの涙ではありません。その後、彼は少なくとも自然な静けさの面貌を装い、以前と変わらぬ様子で語り合います。
リュカトの夕べ
彼らは日中早くロマンチックな町リュカトに到着するが、サン・オーベールは疲れていたため、そこで一夜を過ごすことに決める。夕方のこと、彼は無理を押してエミリーと共に周囲の田園地帯を見物に出かける。そこからはリュカトの湖、地中海、ルシヨンの一部、ピレネー山脈、そして今は熟した葡萄で紅に染まった広大なラングドック地方が一望できる。彼らは忙しく葡萄を収穫する農夫たちを眺め、風に乗って聞こえてくる陽気な歌に耳を澄ませ、明日のこの楽しい地方への旅をいかにも楽しみにして待つ。サン・オーベールは海岸沿いを進み続けるつもりでいるが、それは一つには帰郷したいという願いからだが、同時に、旅が娘に与える喜びを長引かせたいという気持ちや、潮風が自分の病気の助けになるかどうかを試したいという願いも理由となっている。
ラングドックの旅
翌日、彼らはラングドック地方を抜け、地中海沿いの曲がりくねった道を辿ることになる。ピレネー山脈が壮麗な背景をなし、右手に大海原、左手に青い地平線に溶け込む広大な平原が広がっている。サン・オーベールは満足げに見え、エミリーとよく談話するが、その快活さは時として力作で、憂鬱が彼の顔に忍び寄ることがある。エミリーはその陰りに気づき、それを追い払うように微笑むが、父親の心と弱った体に不幸が蝕んでゆくのを見て、胸が痛みで締めつけられる。夕暮れにはラングドック地方の上部にたどり着き、泊まる場所を探すが、村はぶどう酒の仕込みで彼らを泊めることができない。次の宿まで進まなければならず、サン・オーベールの病気と疲労による倦怠は激しくなる。肥沃な平原もフランスの祭りの陽気さも、もはやサン・オーベールに喜びを呼び起こさない。彼の容態は、囲繞する歓喜とは痛ましい対照をなしている。彼は密かに思う——自分の目はまもなく永遠にこの世界に閉じられるかもしれない、と。あの遠い山々、繁茂する平原、青い大空、陽気な昼の日差し、百姓の歌、人々の快い声から。彼の表情の苦痛を読み取ったエミリーは、彼が自分を無防備なまま残すことを悲しんでいるのだと悟る。太陽が最後の黄色い光線を地中海の波に投げかけ、夕闇が広がるなか、海岸から吹く涼しい風が、健康な身には心地よいが、病には冷たく感じられ、窓を閉じ上げなければならないほどである。
森の中のシャトー
増すばかりの病状が、サン・オベールにその日の旅を終わらせずにはいられなくさせる。次の宿駅まで九マイルあると聞かされた彼は、もうそう長くは進めそうにないと述べ、 night 泊まれる家がないか尋ねてくるようマイケルを使にやる。通りすがりの農夫はそうした家を知らないと言うが、森の奥に城があると、どこへも入れてもらえないかもしれぬ、と教えてくれる。ただ、この土地にはほとんど不案内で、道案内はできないと言う。そこの家には執事と女中が住み ていると聞くと、サン・オベールは断られても構わぬと覚悟を決め、そこへ向かう決意を固める。別の一人の農夫は、塔のある城について問うと、驚いた様子を見せて、そこへは行くなと忠告する。サン・オベールはマイケルに、右手の門構えの並木道へ進むよう指示する。彼らは古びた樫と栗の木の間に足を踏み入れ、枝が互いに絡み合って高く暗いアーチを頭上に形作っている。並木道の陰鬱な荒廃と侘しい静寂がエミリーの胸に不安を膨らませ、あの場所を口にした農夫の奇妙な物言いを思い出させる。ほとんど闇に閉ざされた中、でこぼこの地面や木の根が行く手を阻み、進む足はのろい。マイケルは並木道の先の方に動く人影を見るが、それが何であるか見分けがつかない。マイケルがその土地の物わいたる様を訴えると、サン・オベールはもう少しだけ先へ進めと命じる。その人影を再び目にした瞬間、サン・オベールは驚き、マイケルに向かって止まれと叫ぶ。マイケルは相手は盗人かもしれぬと食い下がり、サン・オベールはその言い回しに微笑しながら、道へ引き返すことに同意する。二人が踵を返そうとした時、木々の間から声が聞こえてきた——ほとんど人のものとは思えぬ、深くてうつろな響きであった。
謎の声
左手の木立のあいだから響くそのこもった声は、命令するような調子でも、苦しそうな調子でもなく、深く、うつろで、とうてい人間のものとは思えない。マイケルは暗闇も、凸凹の道も、乗っている者すべての危険も省みらず、ら馬を猛然と走らせ、並木道が街道に抜ける門のところへ着くまで一度も止まらなかった。ひどく具合が悪いと告げていたサン・オベールは、エミリーの手を取って、じつはもっと悪いと打ち明ける。彼女は彼のその様子にひどく心を奪われ、容態は悪化していく一方なのに、頼れる手だてがどこにもないことを知る。車輪のガタガタという音がやむと、途端に音楽が彼らの耳に届く——エミリーにとっては、それが希望の声のように響く音楽だった。彼女は、思わず声を上げて、ここはきっと人里に近い、すぐに助けが得られるに違いないと言う。
第六章
第六章では、サントベール、エミリー、そして従者のミシェルが、夜のフランスの田舎を旅する様子が引き続き描かれる。サントベールは重篤な病に倒れており、目的地へと向かう彼ら一行は、宿と援助を切実に必要とする状況に追い込まれる。
遠い夜の音
エミリーは夜の闇の中、遠くの物音を耳にする。その音は、道沿いに広がる森のどこからか、風に乗って運ばれてくる。音は森の奥深くから響いてくるようで、彼女が耳を澄ますと、謎めいた夜の魅力に満ちた雰囲気が漂い始める。
城の幻影
エミリーは音の聞こえてくる方を見つめた。月光の中に、城館のぼんやりとした輪郭が見え始める。しかしその建物は遠く、容易にはたどり着けそうにもない。サントベーの容態がますます悪化していることを思えば、そこに近づくことすら難しいのではないか——彼女の心に懸念がよぎった。
サン・トーバーの気絶
サン・オベールは病が重くなり、馬車の揺れにとても耐えられなくなっていた。マイケルが道を進むのをゆっくりにしようとした瞬間、サン・オベールは突然気を失い、人事不省のまま倒れた。エミリーは激しい悲嘆の声をあげ、父親が死にかかつているのではないかと恐れながら、その顔に水をかけてほしいと叫んだ。その顔は、月明かりの中に死の刻印を帯びているように見えた。
エミリーの訴え
エミリーは自分の恐怖を押しやり、サン・オーバールをマイケルの介護に託して、一人馬車から降り、遠く離れた城館に援助を求めに出かける。父への心配は、一人で暗い森へ足を踏み入れる恐怖よりも大きい。行く手も定まらず、誰に訴えようとも知れぬまま。
森の中の旅
エミリーは音楽の響く方角へと足を向け、森へ続く薄暗い小道を進んでいく。頭上に覆い被さる枝葉が月明かりを遮り、その土地の荒涼とした気配が彼女の心に再び危険の念を呼び覚ます。導いてくれるものは偶然のみ──それでも彼女は森を急いで抜け、やがて雑然と木立の開けた一画に踏み出すと、そこには月明かりが差し込み、浮かれ騒ぐ大勢の哄笑の声が響いていた。
農民たちの踊り
エミリーは森に囲まれた小さな円形の緑の芝生の上で、農民たちの一団が踊っているのを見つける。小屋から農民の少女たちが姿を現すと、陽気な古風な音楽が鳴り始める。父の身を案じる恐怖で胸が一杯だったが、エミリーは座っている年長の農民たちに近づき、切実に自分の状況を説明して助けを懇願する。
田舎のもてなし
数人の農民たちが素早く立ち上がり、できる限りの手伝いを申し出る。エミリーが道と馬車の方へ急いで戻る後を追い、病に伏した父親を助けるためにできるだけ速く動く。
長老の招待
エミリーと農民たちが馬車にたどり着くと、サン・オベールが意識を回復しているのを見つける。威厳のある年老いた農民が自分の庵に招く申し入れをし、城館にはほとんど人が住んでいないため、彼らを泊めることはできないと彼らに保証する。サン・オベール自身はフランス人でありフランスの礼儀作法に慣れているため、その寛大な申し出を率直に受け入れる。
月明かりの林間草地
馬車は農民たちの後について小道を進み、月光に照らされた林間の空き地へと至る。サン・オベールは主人の丁重なもてなしに気持ちを和らげられ、甘い満足を浮かべながら穏やかな景色に見入っている。ギターやタンバリンの音楽に耳を傾け、農民たちの踊りを見つめる彼の目には、ただ悲しみからくるのではない涙が浮かんでいた。しかしエミリーはただ憂鬱な気持ちにさいなまれるばかりで、楽しげな調べが鳴るたびに、彼女の苦悩はいっそう深まっていく。
ヴィルロワ侯爵
城がヴィルロワ侯爵のものであり、その侯爵がおよそ五週間前に亡くなったと知ると、サン・オベールは明らかに動揺し、「これは驚くべきことだ」と叫んだ。ラ・ヴォワザンが、かつて侯爵はこの城を好んでいたが、やがて嫌いになって何年も訪れていなかったと述べると、サン・オベールはうめき声を上げ、侯爵夫人について尋ねた——その様子は、過去の記憶に明らかに心を動かされていた。
謎の音楽
旅人がラ・ヴォワザンの小屋で休んでいると、柔らかく哀愁を帯びた調べが森から風に乗って漂ってくる。ラ・ヴォワザンは、静寂がすべてを包む夜になるとよくギターの音が聞こえてくるものだが、奏でているのが誰なのかは誰も知らないと説明する。その音楽には時に、甘く悲しげな歌声が重なり、迷信深い地元の住人たちは、あの森には幽霊が棲んでいる、あるいはあの音は死の知らせを告げにやって来るのだと信じている。
ギターの旋律
その謎めいた音楽は、ギターよりも豊かで旋律に富み、リュートよりも柔らかく哀愁を帯びた音色を奏でた。楽器に歌声が寄り添い、蒸留された香水のようにひそかに空気の中へとのび入るように響くので、あまりにも美しく、沈黙さえも驚かされたかのようであった。サン・オーベールは、その音が消えうせる前に、その独特な響きの質を仔细に観察した。
ラ・ヴォワザンの話
ラ・ヴォアザンは、約十八年前の夏の夜に初めてこの音楽を耳にしたと語っています。病気の子どもを気にかけた彼は一人で森を歩いていたのですが、そのとき、言葉では表現しようもないような音——天使の音楽とでも言うべきもの——が聞こえてきたのです。後に彼の妻も同じ音を耳にし、サン・クレール修道会のデニス神父は、それが死の前兆ではないかと指摘しましたが、ラ・ヴォアザンの息子は無事生き延びました。
サンクレール修道院
サン・トベールは近くに修道院があるかどうか尋ね、ラ・ヴォアザンは海辺にあるサン・クレール修道院のことを言う。これを聞いたサン・トベールは、突然何かを思い出したかのようにみすぼらしい姿になる。エミリーは、彼の額に悲嘆と微かな恐怖の雲が立ちこめるのを目にし、彼がまるで死者の遺灰のうえに希望のない悲しみをたたずむ大理石の記念碑のように見えると感じる。
アニェスと宿泊
ラ・ヴォアザンは急いで外に出て、娘のアニェスを呼びに行く。アニェスは快い顔立ちの若い女性である。エミリーは、客人を泊めるためにラ・ヴォアザン家の一部の家族が自分のベッドを空けなければならないことを知り、その事情をエミリーは残念に思う。しかし、アニェスの返答は、彼女が少なくとも父親の丁重なもてなしをいくらか受け継いでいることを示しており、子どもたち数人とマイケルは隣りの小屋で寝ることになる、という取り決めがなされる。
第六章
セント・オベールは、翌朝早くに出発する意向を述べる。その理由として、日中の暑さの中で休息を取りたいこと、そしてラ・ヴァレーに一刻も早く到着したいことを挙げた。彼は、現在の体調と精神状態では、これ以上の長旅は楽しめないだろうと認めた。
聖オベールはラ・ヴァレーへの早期帰還を計画する
エミリーは、父親が急に帰りたいと切望しているのは、彼が自ら認める以上に病状が進んでいることの表れだと察するが、彼女自身もまた家に帰りたいと望んでいる。サン・オベールが休息をとるために退くと、エミリーは自分の部屋で眠らずに起きている。
エミリーは父の病気が本人が認めるよりも重いと恐れる
エミリーの心は、亡き者たちの霊について交わされた先ほどの会話へと向かう。父親の衰弱していく様子を考えると、この話題は彼女を深く悩ませるものだった。彼女は窓枠にもたれかかり、星の満ちた天空を仰ぎ見ながら、神と来世の崇高な本質について思いをめぐらす。
エミリーの来世と宇宙に関する真夜中の思索
エミリーは静まり返った夜を観察していた——羊の鈴の音や窓を閉めるかすかな物音が時折遠くに聞こえるだけの、静かな夜を——ラ・ヴォアザンが指し示した星が森の向こうに沈み落ちるまで。彼女は、あの謎めいた星とそれに関連する音楽について彼が口にした言葉を思い起こし、それがきっかけとなって、ラ・ヴィルロワ侯爵の死と侯爵夫人の運命について語っていたときの、父の抑えがたい感情について思いを巡らせる。
エミリーは謎の惑星と父親が隠していた過去の悲しみを結びつける
エミリーは、ヴィルロワという名前に父親がなぜあれほど強く反応するのかに、特別な好奇心を抱いている。以前、父がその名前に触れたことは一度もなかったはずなのだが。彼女は窓辺に佇んだまま、音楽がもう一度聞こえてくることを半ば期待していたが、結局何も聞こえてこなかった。
深夜の思索を終えたエミリーは休息に向かう
時間が遅いことを認識し、旅のために早く起きなければならないことを思い出したエミリーは窓から離れ、休息に向かう
第七章
エミリーはサン・トベールとともに質素な小屋に宿を借り、朝になると牧歌的な美しさの光景が広がり、それが自然の目覚めを讃える「朝の最初のひととき」と題する詩を作るきっかけとなる。しかしその静けさは、サン・トベールが朝食中に倒れ、娘から隠していた病気に襲われたことで打ち砕かれる。彼はエミリーをそばに呼び寄せ、重々しく厳粛な面持ちで、死が近づいていることを明かし、二人に避けられない別離の覚悟を促す。彼女の将来の心の平穏を守るため、彼はラ・ヴァレーの衣装だんすの中の緩んだ床板の下に隠された特定の書類を決して中身を見ずに焼き払うという神聖な約束を取りつけるが、そこには彼女の唯一の相続財産として隠された二百ルイドール(金貨)へのアクセスは許す。さらに彼は、たとえ将来の結婚契約の条件となろうとも、決して一族の城を売却しないよう命じ、自分の姉妹であるシュロン夫人のもとに身を委ねるよう彼女に託す。サン・トベールは臨終の床で、過剰な感受性の危険性や、感傷的な虚栄心に対して思慮分別のある剛毅が勝ることについて、長い訓戒を娘に授ける。彼女は自己欺瞞に陥らないよう戒められ、真の徳は単なる感情ではなく能動的な慈悲の中に表れなければならないと強調される。隣りの修道僧から最後の聖餐を受けた後、サン・トベールはエミリーをラ・ヴァザンの保護下に委ね、娘に最後の祝福を与える。視力は衰えつつも、彼の精神は穏やかに諦めを抱いたままであり、苦悶も溜息もなく、午後に静かに息を引き取る。
ビーティーの詩篇
この章は、運命に微笑み、墓の向こうを見つめることができる高邁な魂について述べたビーティからの抜粋で始まる。まるで春が再び戻ってきて、世界を新しくしてくれると約束しているかのように。
エミリーの朝の詩
エミリーは不安に満ちた夢から覚めるが、窓から見える陽光に照らされた森を眺めて慰めを見出す。朝の美しさに心を打たれた彼女は、「朝の第一時」と題した詩を詠み上げる。その詩では、清々しいそよ風、目覚めゆく小鳥、露にしっとり濡れた風景をたたえつつ、健康がなければ自然の美しさは何の意味も持たないということに思いをめぐらせている。
コテージでの朝食
エミリーとセント・オベールは、宿主のラ・ヴォアザンとその娘と共に朝食をとる。セント・オベールはその別荘と清々しい空気に見とれるが、エミリーはとても具合が悪そうに見えることに気づく。エミリーの心配にもかかわらず、セント・オベールはすぐに出発することを主張し、何としても家に戻りたいという異例の不安を口にする。